プロデュースの基本(木﨑 賢治)
このページについて
この文章は、プラットフォーム「Cosense」の一角をお借りして展開している、プロジェクト進行についての論考集「プロジェクト工学フォーラム」内の連載企画、「価値創造の思考武器」のコンテンツです。
価値とはなにか、価値を生み出すためには、いかなる思考が求められるか、ということを、本の紹介を通じて、解説しています。
今回の一冊:「プロデュースの基本」
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曲を聴いたときに「いいな」と感じるところと、物足りなさや違和感を感じるところがあります。
それで次に何をするかといえば、当然のように物足りなさや違和感の原因を突き詰めるわけです。すると「もっとここをこうしたらいいんじゃない?」「ここを変えてみたらどう?」ということになったりします。粗探しというわけではないですが、もっといいものをつくりたいと思うと、おのずとそういう視点でみることができるようになります。
(中略)
僕が「こうしたらいいんじゃない?」っていったことを実践して、やっぱりよくならないということももちろんあります。そのときは本当に「だから何がいけなかったんですか?」という話になるわけだけど、そこからさらにどうすればいいんだろうと考えていくしか、解決法はないんですよね。
第一章 「いいなと感じて、つくりたいと思ったら、分析して、答えを見つける」より
この本のあらまし
本書はBUMP OF CHICKEN等の名だたるミュージシャンをプロデュースしてきた木﨑賢治氏の、仕事術の本である。本書に触れると、そのノウハウもさることながら、スピリットや思い、立ち方がとても良いなと思う。
この本は、聞き書きで作られたものではないかと思う。
著者は、職業的な著述家ではないし、全体的な文章のテイストからして、職業的なライターがまとめあげたような雰囲気がある。全体として、話の流れはあるのだけれど、論としての構成はない。あとがきはおそらく自筆で自分で読んでみて「こんなにたくさん話してたっけ」と自分で驚いているのが可笑しい。
そんな成り立ちの本ゆえに、書き留めていたい金言がそこかしこに散りばめられていて、宝石箱のような本である。
おそらく、この本に書かれたものを「論」とみなし、それに対してなにかを論じるとういことは、野暮の極みなのだろうと思う。だから、ぐっとくる部分を抜き書きしてみるしかないように思われる。
本書の「グッとくるフレーズ」紹介!
●新しい組み合わせを”実験”していくのが、新しい音楽をつくるということです。時代が変わればいろんな条件が変わって、そのつど新しい組み合わせを世の中が必要としています。模索し、発見しなければなりません。
●アーティスト、歌詞、曲で三角形を作ります。(中略)大きな三角形には、たくさんの人=リスナーが入ることができるんです。セクシーなアーティストに、セクシーな詩とセクシーな曲をつくっても三角形は小さい。だからセクシーなアーティストには、たとえばワイルドで男っぽい詩をつくる。そこに男らしいメロディをつけるのではなく、今度は女性らしい繊細なメロディを乗せてみる。相反するテーマをぶつけていくのです。
●人間って本当に欲しいと思っていれば、それをちゃんと見つけられるんですよね。逆に言えば、欲しいと思っていなければ見逃してしまうものだと思います。
●最初はみんなダメに決まっているんです。それでも、そのなかにちょっとだけ輝いているところがあったりする。まずはそこを認めてあげることが大切ですね。
●”ふつう”のなかで変わったものをつくれないとダメなんですね。ふつうの構成、ふつうのコード進行のなかで人と違うものをどうやってつくるか、それができるのが才能だと思います。
●過去に何をしたかより、今、あるいはこの先に何をするかに興味がある人がクリエイティブな人です。
●社長が相手にバチバチ意見をぶつけているのを見ていたときに気づいたんです。この人は相手の自信を見ているんだと。実際、恐々とプレゼンしていた人は厳しく突っ込まれることが多かったですから。それで僕は思い至りました。そうか、この企画会議はエンターテインメントなんだ、と。社長をいかに喜ばせるか、笑わせるかが大事なんだ、と。
●ものをつくる人は、孤独なのだと思います。アーティストは、売れないと不安でしょう。でも、売れたら売れたでまた不安なんです。
●才能のある人は、他人の目にはどこかひねくれていたり、クセが強く思えたり、あまのじゃくだったり、意地が悪く見えたりするみたいですね。僕にはすごく素直でピュアな感じに見えるんです。いいところも悪いところも全部さらけ出せるんですから。
●かつてイチロー選手も言っていました。「ヒットを打てるかなんてわからないけど、毎回ヒットを打つと思って打席に立っている」と。それは「あそこでヒットを打てると思っていましたか?」という記者の質問に答えてのことでしたけど、そういう質問はものをつくったことのない人の発想なんでしょうね。
●耳で聴いてよかったら、たとえ法則から外れていても、聴いた印象のほうを優先させることが大事ですね。自分で作った法則に縛られてはなりません。いちばん信頼すべきなのは、自分の感性なんです。
●人間は細胞が集まってできているでしょう。人間もまた、より大きなものの細胞のひとつなんじゃないかと思うんです。つまり人間は宇宙の細胞のひとつとして存在していて、だから宇宙とうまく連動できたときが一番力が出る。そして、その状態になるためには、無になる必要があるんじゃないかな。僕は実は、ジャンケン大会でどうもその力を発揮しているようなんです。(中略)方法は、無になることです。勝ちたいなんて決して思わず、ただ何も考えない。でもそれは簡単にできることでもないので、好きな曲を頭の中で歌うんです。すると、それ以外のことをすべて忘れてしまう。そんななかでパッとグー、チョキ、パーのどれかを出すと、決まって勝ってしまうんです。
●新しいものをつくろうとする人には、とにかくタフな気持ちが必要です。だいたい人間というのは、未知のもの、わからないものに対して恐怖心を覚える生き物なんです。
●生きることは、わかっていくことだと思います。何かがわかると、次から次へと物事をどんどん深く知ることができます。
●今までにないものをつくる人は、孤独にならざるを得ないんですね。誰もわからないことをやているわけですから。
価値創造のために、この本から得たいこと
こうして抜き書きしてみると、著者は実に、自身の仕事を、構造的に理解している。構造だけでなく、その中核的テーマにも、自覚的である。
その面白さと難しさを知り抜いていて、その深みをさらに理解しようとし続けながらも、結果が神のみぞ知るところであることも、受け入れている。
付き合うアーティストを人気者にしよう、グッとくる音楽、キュンとする音楽を作ろう、という、明確にして明快な、人生の獲得目標に、己を捧げている。
でもきっと、普段はそれは、無意識のうちのことなのだろう。だから、誰かに聞いてもらって語ってみて、初めて本書になった。そうやって見ると、本書の手柄は編集者のプロデュースである。
それはさておき、価値創造の構想にあたって必要なことは、本書のなかでほぼほぼ丸ごと全部、カバーされている。
ただしそれは、「例えば音楽なら」という留保がついている。自分の仕事に応用するのは、一見簡単そうでいて、そんなことはない。ポップソングゆえにこそ、という要素が、そこかしこに点在しているのだ。
とはいえ、この一冊に鳴り響く価値創造への賛歌は、思いを同じくする人には、得難いものであるに違いない。
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